Franklin D. Roosevelt and Race Relations, 1933-1945
1933年、就任間もないフランクリン・ルーズベルト大統領の下、ニューディール政策の基幹法制である全国産業復興法が制定され、労働者の団結権と労働組合の団体交渉権が認められると、多くの労働者が労働組合に加盟しました。
特に、産業別労働組合会議(CIO)の傘下には黒人が加入する組合が多く、労働運動に黒人が足跡を残すようになります。また、ルーズベルト政権には、全国青年局黒人部局長に就任したメアリー・マクロード・ベシューン(Mary McLeod Bethune)をはじめ多くの黒人が参画し、ブラックキャビネットと呼ばれる黒人グループを形成しました。
さらに、寝台車ポーター組合の指導者、A・フィリップ・ランドルフ(A. Philip Randolph)が国防産業と軍隊における黒人の正当な地位を求めて1941年に提唱したワシントン行進運動は、戦争への協力を交渉材料に黒人の雇用確保を政府に要求したもので、国防産業の雇用における人種差別を禁ずる大統領行政命令8802号を引き出すことに成功しました。
加えて、全米最古の公民権団体、全国黒人地位協会(NAACP)は、ウォルター・ホワイト等の幹部やサーグッド・マーシャル等の黒人弁護士の下で会員数を増やし、主として法廷闘争を通して勢力を拡大しました。
しかしその一方で、ニューディール政策のほとんどは、黒人の境遇改善をもたらすことはありませんでした。農産物の生産削減を目的とする1933年農業調整法は、黒人の小作農を農場から追い立てる結果を招きました。また、南部を有力な支持基盤とするルーズベルト大統領は、連邦反リンチ法や投票税法の成立を支持することなく、人種差別の廃止と公民権を政策課題に掲げるにはいたりませんでした。
本コレクションは、フランクリン・D・ルーズベルト図書館が所蔵する一次資料から人種関係の文書15,000ページ以上を提供するものです。収録文書は、雇用差別、人種隔離、人種暴動、大量の黒人の北部移住に伴う共和・民主両党の政治地図の変容、人権活動家としてのエレノア・ルーズベルト、連邦反リンチ法成立に向けたNAACPによる政府への働きかけ等、ルーズベルト政権の公民権に対する態度を浮き彫りにする文書を多数収録します。
近年、公民権運動の時期を1930年代まで遡らせ、対象地域を北部まで含めることにより、1950年代と1960年代の南部を中心に論じてきた従来の公民権運動研究を批判的に乗り越える試みが、「長い公民権運動」として注目を集めています。本コレクションは、ルーズベルト政権期を公民権運動史の中で歴史的に位置づける上で重要な文書群です。
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