Nicaragua: Political Instability and U.S. Intervention, 1910-1933
本コレクションは米国国立公文書館が所蔵する国務省一般記録群(RG59)のセントラル・ファイルの中から、米国国務省のニカラグア国内事情に関する1910年から1933年までの外交文書約37,000ページを収録するものです。収録文書は米国国務省在外公館の外交官が国務省と交わした往復書簡です。収録文書は米国国立公文書館のファイリング・システムに準じた文書番号が付与されています。国務省一般記録群(RG59)は、1910年から1963年まで十進分類法に則ったファイリング・システムによって整理されていたため、デシマル・ファイル(Decimal File)と呼ばれています。このシステムでは文書番号は、大分類番号(Class Number)+国番号(Country Number)+小分類番号(Subtopic Number)で構成されています。
収録される文書の大半は文書番号817が付与されたものです。文書番号817は Class Number 8(Internal Affairs of State)と Country Number 17(Nicaragua)を合わせたもので、ニカラグアの内政事情を意味します。国務省とニカラグア駐在の米国大使館の往復書簡、国務省の内部文書、国務省と他の連邦政府省庁、議会、民間人、民間団体との往復書簡等の文書群を通して、米軍占領期のニカラグアの国内情勢に光が当てられます。人物の肖像写真も多く収録されています。
19世紀後半以降米国はニカラグア経済に対する影響力を強めていましたが、世紀転換期には国内政治にも介入するようになり、1911年に関税徴収その他の財政関係の権限を米国人行政官に移管する条約を締結します。政情不安が続く中、1912年にはニカラグア政府は米国に軍隊の派遣と反乱軍の鎮圧を要請、以後、米軍の占領が続きます。そして1916年にはブライアン・チャモロ条約が締結され、ニカラグアは米国の準保護領となります。しかし、アウグスト・セサール・サンディーノ(Augusto César Sandino)率いるゲリラ軍が攻勢をかけ、ニカラグア国内で米軍占領に反対の政治勢力が伸長するのに伴い、米国は撤退を始めます。米国も国内で大恐慌への対応に迫られる中で、占領を維持することが経済的に見合わなくなり、1933年に撤退を完了しました。
※関連資料 ニカラグア国内事情関係 米国務省文書集 1960-1963年 もあわせてご検討ください。
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関連分野
- 植民地主義
- ラテン系・ラテンアメリカ研究
- 政治学・外交研究